研究紹介

3-4ヶ月の不思議な視覚世界

ー大人が気付かない変化に赤ちゃんは気が付くー

 成人は、物体を安定して知覚できるように(知覚恒常性)、照明や観察角度などによって生じる細かな変化を無視する能力が備わっています。成人は物体表面の光沢感の違いには容易に気付くことができる(図A)一方、表面を照らす照明環境のパタン(映り込みパタン)(図B)が変わっても気付くことができません。しかしながら、物体を安定して知覚する能力を獲得していない乳児は、成人よりも外界の変化に忠実に反応し、映り込みパタンの変化を知覚できることが、私達の研究で初めて明らかにされました。

実験は生後3-8ヶ月の赤ちゃんを対象に行いました。実験では、物体表面の光沢の変化を知覚する能力と、成人が知覚しにくい照明環境の変化を知覚する能力を、選好注視法を用いて比較しました。選好注視法は、顔図形など特定の図形パタンを好んで長く見るという乳児の性質を利用し、同時に見せた2つの図形への注視時間を比較し、乳児の認識能力を検討する手法。

実験では2枚の画像が交互に点滅する映像と、同じ画像が点滅する映像を左右に提示し、乳児がどちらを注視したかを調べました。乳児は変化するものを選好注視するので、変化を検出できれば、変化する側を長く注視すると考えられます。実験の結果、物体表面の光沢の変化は7-8ヶ月で知覚可能なことがわかりました。一方で、照明環境の変化は3-4ヶ月では知覚可能ですが、5-6ヶ月以降では知覚できなくなることもわかりました。

今回の研究は、3-4ヶ月のより幼い乳児がもつ特殊な視覚世界を解明した、世界で初めての研究です。物体を安定的に知覚するという知覚恒常性を獲得する前段階の乳児は、成人が無視するような細かな変化に気が付けることから、成人より変化に富んだ不思議な世界で生活していると考えられます。 


Yang, J., Kanazawa, S., Yamaguchi, M. K., & Motoyoshi, I. (2015). Pre-constancy vision in infants, Current Biology. 25(24), 3209-3212.

図A. 物体表面の光沢感が変化する映像

B. 表面を照らす照明環境が変化する映像


青と緑を区別する赤ちゃん

―言語以前の脳内メカニズムを探る―


知覚や思考が言葉の影響を受けるというサピア=ウォーフ仮説は、心理学や言語学、文化人類学などの多分野で古くから浸透しています。色知覚も言葉が決定すると提唱するサピア=ウォーフ仮説に対し、私たちの研究は、世界で初めて、言葉が分からない乳児における色カテゴリの存在を証明しました。すなわち、乳児期もカテゴリカル色知覚1に対応した脳活動が存在し、その神経基盤が後側頭領域にあると明らかにしました。これは、サピア=ウォーフ仮説を覆す驚くべき成果です。

実験では、言語獲得以前の乳児を対象に近赤外分光法(NIRS2を使用して、カテゴリカル色知覚に関連した脳内処理の有無を調べました。具体的には、乳児が同じ緑カテゴリの2色変化と、青と緑の異なるカテゴリの2色変化を観察したときの後側頭領域の脳血流反応をNIRSによって計測しました。その結果、カテゴリ内の色変化と比べ、カテゴリ間の色変化を観察する際により強い脳活動が確認されました。また、言葉を獲得した成人においても類似した脳血流反応が存在することも確認され、言語獲得の有無にかかわらず、カテゴリカル色知覚に関わる脳内処理は存在し、言語システムとは独立であることを証明しました。


カテゴリカル色知覚:色は3次元色空間内に連続量として表現されますが、微妙に異なる複数の色を同じカテゴリとしてまとめて、色名を付けて認識している知覚現象です。色味が微妙に異なっても、いくつかの緑を同じ「緑」というカテゴリとして認識します。その影響として、同じ「緑」に属している2つの色の違いは、「緑」に属する色と「青」に属する色の違いよりも気づきにくいです。

 ※近赤外分光法(NIRS):生体細胞を透過しやすい近赤外光(波長700nm1300nm)を用いた非侵襲性の脳機能イメージング法です。この方法では、外部から頭部に近赤外レーザー光を照射し、大脳皮質の表面で反射を繰り返した後、頭皮上に戻ってきた光量を分析することで、脳皮質表面部位の酸素化ヘモグロビン、脱酸素化ヘモグロビン、総ヘモグロビンの相対的な変化を計測します。



Yang, J., Kanazawa, S., Yamaguchi, M. K., & Kuriki, I. (2016). Cortical response to categorical color perception in infants investigated by near-infrared spectroscopy. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. 113(9), 2370-2375.

実験の様子。赤ちゃんの頭にNIRSの帽子をつけてもらい、映像を見るときの脳の血流量の変化を計測。